東京オリンピックが間近に迫り、各競技の主力選手の話題が絶えなくなってきました。
このサイトではU23日本代表の東京オリンピックを熱く盛り上げてくれるSAMURAI BLUEの戦士の話題を提供します。
ボローニャFCへの移籍で移籍金12億で話題になっている冨安 健洋選手の紹介です。
冨安 健洋の経歴と出身中学、高校は?
名前:冨安 健洋(とみやす たけひろ)
生年月日:1998年11月5日
出身地:福岡県福岡市
身長:189㎝
体重:84kg
ポジション:DF
所属:ボローニャFC(イタリア)
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まず、出身中学と高校ですが
福岡市立三筑中学校 と 九州産業大学付属九州高等学校
九州産業大学付属九州高等学校の偏差値は47
福岡県福岡市東区にある私立学校です。
プロ入り前
福岡市立三筑小学校のとき、三筑キッカーズの在籍。
当時の総監督は
「ドリブルさせたら、恐らく福岡県で彼に追いつける足を持っている子はいなかった。恐ろしいくらい速かった」
と語るほどである。
11歳の時、バルセロナスクール福岡校に入会し、
6年生になると、そこのコーチがFCバルセロナに推薦するほど。
アビスパ福岡の下部組織に入り、活躍。
中3のときには飛び級でアビスパ福岡のトップチームの練習に参加
さらに、高2ではアビスパ福岡に2種登録され、公式戦デビュー。
アビスパ福岡時代
2015年から2017年に在籍するが、2016年高3のとき、卒業を待たず、トップ昇格
この年の第3節FC東京戦でプロデビューを果たし、レギュラーに定着。
背番号は
32 ➡ 24 ➡ 14
J2では42試合でリーグ最少タイ36失点。
豊富な運動量で堅守を支える活躍がJ1の強豪チームや海外のクラブにも目に留まるように。
当時の監督は元日本代表の井原 正巳さん。
#井原正巳 ヘッドコーチ 就任のお知らせ|#reysol https://t.co/zYYCjrmEHw pic.twitter.com/Om4eHx8MgW
— 柏レイソルOFFICIAL (@REYSOL_Official) December 13, 2018
J1昇格を果たした柏レイソルのヘッドコーチに。
1990年代の日本代表センターバックでアジアの壁と称せられ、ワールドカップ初出場にも貢献。
海外移籍
2018年、J1の多くのチームが獲得を打診するが、本人の強い海外志向により、海外移籍へ。
2018年1月8日、ベルギー1部のシント=トロイデンVVに移籍。
このとき、移籍金が話題に。
J1での活躍の実績なし、日本代表の経験なしで億単位の移籍金
当時シント・トロイデンのサポーターは
「2部リーグ(アビスパ福岡)でプレーする19歳のCBに、80万ユーロ(約1億円)も払う価値があるのか」
と懐疑的だったという。
当然と言えば当然ですが、その不安を彼は、自らの成長で吹き飛ばします。
マーク・ブレイス監督に、冨安の評価をきくと
「トミはベルギーで最高のタレントだ」
と言い切った。
「私が見つけてきたのではなく、最高のタレントに成長したんだよ。」
いかに期待されていたかということですね。
このことを裏付けるのが、
ボローニャが移籍金600万ユーロ(約7億3000万円)のオファーを提示したがシント=トロイデンが拒否。
反対に、少なくとも1000万ユーロ(約12億1000万円)の移籍金を要求したとのこと。
移籍金が12倍に!
まとめてみると
アビスパ福岡➡1億円➡シント・トロイデンVV➡12億円➡ボローニャFC
ボローニャFCへ12億円で移籍です。
このボローニャの日本人選手の加入は、2004年の中田英寿氏以来となるクラブ史上2人目。
この移籍を決めるのにシントトロイデンの元同僚で同じ日本代表のDF長友佑都から
『セリエAはDFが成長する上で理想的な場所なので、移籍は良い選択だ』
とのアドバイスもあったようです。
代表での活躍
2016年 U-19日本代表に選出 。
2018年 8月30日、キリンチャレンジカップに挑む日本代表に初招集。
10月12日のパナマ戦で先発して日本代表初出場
(10代での代表デビューは2012年宮市以来。センターバックでは初)
2019年 アジアカップにも出場し、最年少ゴールを更新。
日本代表に定着。
DF長友からも絶大の信頼を得る。
所属チーム紹介
アビスパ福岡→シント・トロイデンVV→ボローニャFC
創立:1909年
・所在地:イタリア/ボローニャ
・収容人数: 31000人(改修後、27000人)
・開場:1913年
・特徴:1990年ワールドカップ・イタリア大会を開催するため1927年当時の歴史的なファサードを 鉄骨で覆うように拡張された